何が起きても、原因がないことはない。
お釈迦さまがさとったことの中心は、この静かで厳しい道理です。
何不自由がなかった人の、満たされなさ
ゴータマ・ブッダは、約二千六百年前、現在のネパール、カピラヴァストゥに生まれました。シャカ族のスッドーダナ王の子で、名はシッダールタ。
何不自由のない暮らしでしたが、どんな幸福も老いと病と死に崩されることを知り、本当の満足はありませんでした。
本当の幸せを求めて、二十九歳で城を出て修行者となり、六年ののち、ブッダとなりました。ブッダとは、「目覚めた人」「さとった人」という意味です。
縁起とは何か
ブッダが見いだした真理は、縁起(えんぎ)と呼ばれます。この世のすべては、さまざまな原因が重なって生まれたものだ、ということです。
結果を直接引き起こす原因を因(いん)、それを助ける条件を縁(えん)といいます。万物は因と縁が結びついて生じ、因縁がなくなれば滅する。
これを因縁生起、略して縁起といいます。

これがあるから、かれがある。これがなければ、かれはない。これが生ずるから、かれが生ずる。これが滅すれば、かれが滅する。
『中阿含経』に伝えられる、有名な句です。
スイカは、種だけでは実らない
縁起は、「一つの原因から、一つの結果」という単純な線ではありません。もろもろの因と縁が和合して、初めて果が生じます。
スイカの実の直接の原因は、スイカの種です。種がなければ始まりません。でも畑がなければ栽培できず、日光、水、空気、肥料も要ります。
結果が生まれるのを助けるこれらの条件が、縁です。
まく種がスイカかメロンかで、収穫は変わります。因が違えば、結果が違う。夏の果実であるスイカも、温室という縁が変われば冬に食べられる。
縁だけ変わっても、結果は変わります。
原因なしに起きた結果は、万に一つもない。これが因縁生起です。
「因と縁によって果が生じる」ので因縁果の道理とも、縁を因に含めて因果の道理とも呼ばれます。
科学も、この前提の上にある
「まかぬ種は絶対に生えない」。この因果の道理は、科学の大前提でもあります。
科学者は、どんな出来事にもそうなった原因があると信じ、突き止めようとしてきました。惑星の動き、季節、生き物の体のなか。
原因がわかるたびに、人類の世界は広がってきました。
もし因果に例外があるなら、なぜ科学がこれほど成功しているのかを、別に説明する必要があります。
すべての出来事に原因があると考えるのは、特別な信仰というより、日々の探究が立っている地面です。

ブッダがさとった縁起は、神秘の公式ではありません。種と、土と、水と光。原因と条件がそろって、結果が生まれる。
あなたの一日も、同じ地面の上にあります。
