「どうして私だけが、こんな目に遭うのだろう」
苦しいことが続くと、そう思ってしまいます。自分は悪くない。原因は、あの人や会社や社会にある。そう考えるのは、自然な心の動きです。
けれども、その考えに長くとどまると、苦しみがもう一つ増えてしまいます。
なぜ、私ばかり苦しいのか
自分の苦しみの原因を外に置くと、心はその相手を見張り続けます。上司の一言、家族の態度、世の中の不公平。
何かを見るたびに、「やっぱりあの人のせいだ」と怒りが起きる。
相手が変わらない限り、自分の心も休まりません。これが、恨みの悪循環です。
もちろん、他人から不当な扱いを受けることはあります。被害を受けた人が悪い、という意味ではありません。
ここで考えたいのは、被害のあとまで相手に心を支配され続ける必要があるのか、ということです。
自分を甘く採点する心
人間には、自分を実際より少し良く見積もる傾向があります。
恋愛でも仕事でも、「自分は十分に頑張っている」「自分の魅力は相手に伝わるはずだ」と考えがちです。
古代中国の兵法家・孫子は、「彼を知り己を知れば、百戦して殆うからず」と説きました。相手だけでなく、自分も知ることが大切だ、という意味です。
自分の努力や事情はよく見えるのに、相手の事情や、自分の見落としは見えにくい。
だから、結果が思いどおりにならないと、原因を相手だけに求めてしまいます。

ヘーゲルの忠告
ドイツの哲学者ヘーゲルは、「自分は他人のせいで不当に苦しんでいる」と思っている人が、多くの間違いを犯し、悪循環に陥っていくことを警告しました。
自分は被害者だ、と固く思うと、反省する余地がなくなります。相手に言い返し、関係を悪くし、その結果さらに苦しくなる。
それでも、「やはり相手が悪い」と考えてしまう。
自分を責めすぎる必要はありません。しかし、自分の行為と環境を一度見直す余地を残しておくことは、未来を変える力になります。
恨みを手放すための因果
スピノザは、『エチカ』で、満足は理性から生じることができ、理性から生じる安らぎこそ最高のものだ、と書きました。
因果の道理を知ると、「自分が刈り取るものは、自分のまいたものばかり」と見えてきます。これは誰かを責めるための言葉ではありません。
自分の未来に、自分の手を戻すための言葉です。
他人の行いは、すぐには変えられません。でも、自分が次に何を言うか、どの縁を選ぶかは、今日から変えられる。
因果の道理は、「すべて自分が悪い」と責める教えではありません。他人を恨み続ける心から離れ、自分の未来を自分の手に戻すための知恵です。
