オイディプス王が教えてくれる、宿命論

因果の理法・運命の法則

神託から逃れようとしても、定めどおり進むオイディプスの悲劇

「今さら過去は変えられない。だから運命も変えられない」

因果の道理を聞くと、そう思う人がいます。それは因果ではなく、宿命論です。古代ギリシャの悲劇が、その気持ちをいちばんよく描いています。

決まっているなら、努力は無駄なのか

因果の道理は、「まかぬ種は生えない。すべての結果には原因がある」という法則です。

現在の結果は過去の種まきが生み出したもの、と聞くと、過去は変えられないのだから運命も変えようがない、と感じることがあります。

その諦めを、宿命論と呼びます。運命は決まっていて、努力では変えられない、という考えです。因果の道理は、宿命論を厳しく退けます。

ただし似ているので、誤解されてきました。因果への非難の多くは、本当は宿命論への非難です。

オイディプスという人

古代ギリシャの悲劇には、「人間は運命に逆らえない。どんなに恐ろしくても、与えられた運命に耐えなければならない」という流れがあります。

最高傑作の一つが、ソポクレスの『オイディプス王』です。

舞台はテーバイ。王ライオスは、アポロンの神託で「自分が生んだ子に殺される」と告げられます。

子を作らないようにしていましたが、酔った勢いで妃イオカステが身ごもり、男の子が生まれます。ライオスは赤子の両足をピンで貫き、山に捨てさせました。

赤子は国境でコリントスの牧人に拾われ、子のなかった王ポリボスに育てられます。

足の傷が腫れていたので、オイディプス、つまり「足の腫れた者」と呼ばれました。

決まっているなら、努力は無駄なのかとオイディプスという人の関係を示す図

逃れようとして、予言が実現する

成長したオイディプスは、自分が実の子ではないとほのめかされ、デルフォイで神の言葉を聞きます。

返ってきたのは出生の秘密ではなく、「故郷に帰れば父を殺し、母と交わる」という予言でした。

驚いて家に戻らないと決め、国を離れます。その足は、実の故郷テーバイへ向かっていました。

山道で老人の一行と道を譲り合えず、立腹した老人を打ち倒してしまいます。その老人が、父ライオスだったとは知りません。

テーバイでは、旅に出た王が殺されたという噂と、スフィンクスの災いが重なっていました。

謎は「始めは四本足、中ごろは二本足、終わりは三本足の動物は何か」。オイディプスは「人間だ」と答え、スフィンクスは谷へ身を投げます。

約束どおり王となり、イオカステと結婚し、子どもが生まれます。予言は、二つとも実現していました。

のちに疫病が国を襲い、アポロンは「前の王を殺した者を追放せよ」と告げます。

調べるうちに、コリントスの使いが「あなたは先王の実子ではない」と明かし、すべてがつながります。

イオカステは命を絶ち、オイディプスは自ら両目を突いて、国を捨て放浪します。

オイディプスは叫びます。この苦しい受難をもたらしたのはアポロンだ。しかし両の眼を突いたのは、ほかならぬ自分自身だ、と。

成り行きに任せるのが賢いか

知力も体力もある英雄が、最も忌まわしい結末を迎える。今は幸福の絶頂でも、最期を見るまでは誰も幸せと呼ぶな、とソポクレスは幕を閉じます。

ライオスは子に殺される定めから逃れようと子を捨て、オイディプスは父殺しと母との交わりを避けようと家を出た。それでも宿命は成就しました。

王妃イオカステは、恐れてみても人間に何ができるだろう、運命の支配がすべてだ、そのときどきの成り行きに任せるのが最上の分別だ、と語ります。

なぜ自分がこんな目に遭うのかわからないとき、古代ギリシャの人は、神が与えたものだから耐えるしかない、と自分を慰めました。

次の記事では、この諦めと、因果の道理がどこで分かれるのかを見ます。

逃れようとして、予言が実現すると成り行きに任せるのが賢いかの関係を示す図

宿命論は、神が定めた結果を、人間は止められないと考えます。因果の道理は、原因があっても、縁がそろわなければ結果は起きない、と教えます。