過去にやってしまったことは、もう戻せない。
そのとおりです。それでも、未来の結果まで固定されているわけではありません。
因があれば、必ず起きるか
宿命論も、運命には原因がある、と説きます。ただしその原因は、神のような超自然のものです。
「父を殺し母と交わる」という恐ろしい運命も、神が与えたから、人間の努力では止められない。
法則を超えた原因によって、あらかじめ定めた結果が必ず起きる。
因さえあれば、無条件に果が生じる。これが宿命論です。
米は、種だけでは実らない
因縁果の道理は、原因だけでは結果は生じない、と説きます。
米という結果を考えると、籾という原因があっても、日光や水や肥料という縁がそろわなければ実りません。縁は因と同じくらい大切で、結果を左右します。
同じ籾でも、日照や土が変われば、収穫は変わります。
だから因があっても、縁が来ないようにすれば、結果を避けられます。因は同じでも、縁を変えることで結果を変えられます。

炭とダイヤモンド
光り輝くダイヤモンドの成分は、真っ黒な炭と同じ炭素です。
ありふれた炭素が、二千度を超える高温と、非常に高い圧力という強い縁と結びつくと、ダイヤモンドになります。
縁には、結果を大きく変える働きがあるのです。
これからの種も、まだまける
過去にまいた種は、もう変えられません。でも、よい縁を選んでいけば、結果はよくなります。
強い良縁と結びつけば、想像もしなかった結果が現れることがあります。
運命は固定されていません。これからの種まきと、縁の選択によって、いくらでも変えられる。
諦めは、過去を事実として認めることと、未来まで閉じることの、あいだにあります。閉じなくてよいのは、未来の側です。

宿命論は、因があれば無条件に結果が来る、と考えます。因果の道理は、縁がそろって初めて結果が来る、と教えます。
過去は動かせなくても、縁は今日から選べます。
