「私」は、体だけなのか?パクダ・カッチャーヤナの極端な思想

因果の理法・運命の法則

変わり続ける体と、続きのある私

私たちは、十年後の生活を考えてお金を貯めたり、将来のために勉強したりします。それは、年月がたっても自分は自分だと考えているからでしょう。

しかし、私たちの体は、年月とともに変化していきます。十年前と今では、体の状態も大きく違っています。

それでも、十年前の私と今の私は、同じ私なのでしょうか。

この問いについて、古代インドの思想家パクダ・カッチャーヤナの説を手がかりに、体と私の関係、そして過去の行いとその報いについて考えてみましょう。

パクダが説いた、変わらない七つの要素

お釈迦さまの時代、インドにはパクダ・カッチャーヤナという思想家がいました。

パクダは、人間や世界は、地・水・火・風・苦・楽・生命という七つの要素から成り立っていると説きました。そして、この七つの要素は、それぞれ独立して存在し、変化することも、互いに影響を与えることもないと考えたのです。

その考え方は、人間の行為についても独特の結論を導きました。

たとえば、刀で人の首を切ったとしても、それは七つの要素の間を刀が通っただけであり、人を殺したことにはならないというのです。

これは、仏教経典の『沙門果経』に伝えられているパクダの主張です。

人を傷つけても、殺したという行為そのものが成立しないという考え方は、私たちが普段考えている善悪や責任の捉え方とは大きく異なります。

年月とともに変わっていく私たちの体

私たちの体は、生まれてから死ぬまで、少しずつ変化しています。

体を作っている細胞の中には、短い期間で新しい細胞に入れ替わるものもあれば、長い年月にわたって残るものもあります。また、成長や老化によって、体の大きさや姿も変わっていきます。

古代ギリシャの哲学者ヘラクレイトスは、絶えず変化する世界を、流れる川にたとえたことで知られています。

川は、同じ場所を流れていても、その水は絶えず入れ替わっています。それでも私たちは、昨日見た川を今日も同じ川として見ています。

私たちの体についても、似たようなことがいえるでしょう。

十年前と今では、姿も体の状態も変わっています。それでも私たちは、十年前の自分と今の自分を、まったくの別人だとは考えません。

体は川のように流れ、私は明日の自分を心配し続ける

では、変わり続ける体と、過去から現在へと続いている「私」は、どのような関係にあるのでしょうか。

過去の自分と、未来の自分

私たちは、将来の生活に備えてお金を貯めたり、健康に気をつけたりします。今の自分がしたことは、何年か後の自分の生活にも影響するからです。

反対に、過去の自分がしたことについて、現在の自分が責任を負う場合もあります。

たとえば、二十年前に借りたお金について、「あの頃とは体が変わったので、もう返す必要はありません」と言っても、それだけで返済義務がなくなるわけではありません。

体が変化しても、過去に結んだ約束や、これまでの行動によって生じた結果が、すべてなくなるわけではないのです。

私たちの暮らしは、このような過去から現在、そして未来へのつながりの中にあります。

体が変わっても、行いの報いはなくならない

パクダは、世界を構成する七つの要素は変化せず、互いに影響を与えることもないと説きました。その考え方では、人を殺したとしても、殺したという行為そのものが成立しないことになります。

しかし、仏教では、私たちの行いは、その後の結果につながると教えられています。これを因果の道理(いんがのどうり)といいます。

お釈迦さまは、善い行いも悪い行いも、その人が自ら受け継いでいくものだと説かれました。

私たちの体は、年月とともに変化していきます。しかし、体が変わったからといって、過去の行いとその結果のつながりまでなくなるわけではありません。

ただし、これは、体とは別に決して変わらない「私」が存在することを証明するものではありません。仏教では、私たちの心も体も、さまざまな因縁(いんねん)によって変化し続けると説いています。

その変化の中にも、行いとその結果のつながりがあるのです。

十年前と今では、体も考え方も変わっているかもしれません。それでも、過去の行いが、今後の自分に影響を及ぼすことがあります。仏教では、善悪の業(ごう)が因縁によって果を結ぶと教えられています。

「私は、体だけなのか」という問いについて、体の変化だけで答えを出すことはできません。仏教は、心と体を含めた私たちの存在を因縁によって成り立つものとして捉え、その中で行いと報いのつながりを説いているのです。

""") A( slug="kaigi-sanjaya", title="真理は、わからないままなのか", description="サンジャヤは、来世も行為の報いも断言しませんでした。すべてを認めないという言葉も、それ自体が一つの断定になります。わからないで止まると、今日の行いに指針が残りません。", excerpt="サンジャヤは、何も断言しない懐疑を貫きました。すべてを疑うと、何を指針に生きればよいのかが残らなくなります。", eyecatch_alt="何も断言しない懐疑と、因果を認めない二つの考え", next="sotai-nigantha", body="""

本当のことは、結局わからない。

そう考える人もいます。古代インドのサンジャヤ・ベーラッティプッタは、その態度を最後まで貫いた思想家です。

サンジャヤは、何も断言しなかった

当時のインドでは、時間に始まりはあるのか、世界に果てはあるのか、霊魂と体は同じか、死後はあるのか、といった問いが論じられていました。

多くの思想家が、それぞれ違う答えを出し、「これこそ真理だ」と断言していました。真理は一つのはずなのに、正反対の意見が並んでいたのです。

サンジャヤは、それらをことごとく疑いました。真理は初めからない。あったとしても、人間には知ることができない、という立場です。

「行為の報いはあるか」「来世はあるか」にも、何も明言しませんでした。どんな質問にも、「そうとは思わないし、そうでないとも思わない」。判断を止めたまま、断言を避けます。その論法は、「うなぎのように捕らえがたい議論」と呼ばれました。

弟子たちは、ブッダのもとへ移った

弟子は二百五十人いた、と伝えられています。指導を任されていた高弟が、サーリプッタ(舎利弗)とモッガラーナ(目連)です。この二人は、のちにブッダの二大弟子と呼ばれる人たちです。

あるとき二人はブッダの教えに触れ、弟子を連れてブッダに帰依しました。それを知ったサンジャヤは、憤りのあまり血を吐いて死んだ、と仏典は伝えています。

すべてを疑う主張も、それ自体は一つの断定になる

すべてを認めない、も一つの断定になる

半月ほどあと、サーリプッタの叔父ディーガナカが、ブッダがどれほどの人か確かめに来ました。「私は懐疑論者です。どんな断定も認めません」。

ブッダは、すぐに切り返します。「それでは、一切を認めないという、あなたの断定は認めるのか、認めないのか」。

返答に窮したディーガナカに、ブッダは、世間の思想は偏っていると説きました。心を打たれたディーガナカは、その場で帰依した、といいます。

「真理はない」「人間には真理は知りえない」と断言した瞬間、その言葉自身が問われます。すべてを疑う人が、何を根拠にそう断定するのか。懐疑は、そこで思考を止めやすいのです。

行いと結果を、無関係にする考え

ここまで見てきた思想家の説は、大きく二つに分かれます。

両方に共通しているのは、人間の行いと運命のあいだに、因果を認めないことです。

ところが彼らの多くは、実際には苦行に励み、行いを清らかにすることで苦から離れようとしていました。主張と、日々の行いとが、食い違っていたのです。

わからない、で止まると、今日の行いに指針が残りません。因果の道理は、すべてを知り尽くしたあとで使う知識ではなく、行いと結果のつながりを手がかりに、一歩を選ぶための教えです。

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人それぞれ、でよいのではないか。

争いを避けたいときに、そう考える人はいます。ただし、善悪まで「見方次第」にしてしまうと、何を基準に行動すればよいのかが残りません。

ニガンタは、何を説いたのか

六師外道の最後に挙げられるニガンタ・ナータプッタは、本名をヴァルダマーナといい、ジャイナ教を開いた人です。

ニガンタは、永遠に続く霊魂を説きました。人間の魂は本来清らかなのに、過去の業(ごう)、つまり行いが微細な物質となって付着し、迷いの世界に縛られている。輪廻を止めるには、苦行で過去の業を消し、新しい業をやめなければならない、と考えました。

修行者には、多くの規律がありました。殺生をしない、嘘をつかない、盗みをしない、淫らな行いをしない、自分の物を持たない。この五つが、まず守るべき戒でした。

なかでも不殺生が重んじられ、微生物を吸い込まないように口を覆い、水はこして飲み、虫を踏まないように掃きながら歩いた、と伝えられています。衣をまとわず、断食の末に命を終えることが称賛されることもありました。ニガンタ自身も食を断って死に、有力な弟子十一人のうち九人が同じ道を選んだ、といいます。

ある点から見れば、という語り方

サンジャヤのように、すべてを疑うだけでは、生きる指針は出てきません。「真理はない」とさえ、断言した瞬間に崩れるからです。

ニガンタはそこを反省し、「事実はこうだ」とは断定せず、「ある点から見ると、こうだ」と限定して語りました。これを不定主義、西洋哲学でいう相対主義と呼びます。

たとえば「魂と体は同じか」には、こう答えます。体が傷つくと魂も苦しむ、という点では同じ。体が滅びても魂はなくならない、という点では異なる。

ある点ではこう、別の点ではこう、と限定する相対主義

善悪まで、見方次第にすると

一つの問いを、見る点によって分けること自体は、乱暴な断定を避けるやり方です。しかし、魂と体が同じか異なるかで、人生の目的の向きは変わります。「ある点では同じ、別の点では異なる」だけでは、どちらへ歩けばよいのかが決まりません。

善悪にこの語り方を持ち込むと、どんな行為も、本人が善だと思えば「その人にとっては善」になってしまいます。

ある集団を滅ぼすことが正しい、とその側が考えたとしても、傷つけられた人の苦しみが、見方の違いで消えるわけではありません。第二次世界大戦下のドイツで、特定の人々を排除することが正しいとされた歴史は、その例です。

環境をめぐる会議で、「先進国は成長のために環境を壊したのだから、自分たちにも同じ権利がある」と言われたとき、国境を越える被害を前にして、「見方が違えば善も変わる」と言うだけでは、何をすべきかは決まりません。

学問で意見が割れたときも同じです。どちらが正しいかを吟味してこそ、相手の主張を真剣に聞いたことになります。「君から見ればそうだろう。僕から見ればこうだ」で終えるのは、その問いを調べることをやめる態度です。

中道は、両方をぼかすことではない

ゴータマ・ブッダの教えは、何も断言しない懐疑でも、「見方が違えば善悪も変わる」という相対でもありません。偏った両端を退ける、中道です。

中道は、対立する意見を両方とも正しいと丸めることではありません。極端な見方を離れて、行いと結果の道理を見ることです。

見方を分けることと、善悪まで見方次第にすることは違います。仏教の中道は、争いを避けるために基準を手放すことではなく、極端を離れて道理を見ることです。