唯識の「別境心所」とは? – 心の5つの重要な働き

別境心所とは、特定の対象(境)に対して個別に生じる心の働きのことです。

以下では、別境心所の5つの要素について詳しく解説します。

心所は、かならず心王(八識)に従う心で、心所には、51の心的要素があります。

心所の全体像は、以下の記事にあります。

1. 欲(よく)- 希望を持つ心

  • 違順俱非の境(良いこと(順境)も悪いこと(逆境)も含む様々な対象)に対して起こる希望の心
  • 善い道へ進むための基礎となる重要な心の働き

2. 勝解(しょうげ)- 確信を持つ心

  • 善悪や正邪を判断し、確信を持って受け入れる心
  • どのような状況でも信念を変えない、揺るがない心の働き

3. 念(ねん)- 記憶を保つ心

  • 過去の経験を明確に記憶し、忘れない心の働き
  • 心を集中させる(定)ための基礎となる

4. 定(じょう)- 集中する心

  • 目的の対象に専念し、他のことに心が揺れない状態
  • 智慧を生み出す基礎となる心の働き

定の2つの種類

定にはさらに2種類があります。

  1. 生得の散定:生まれつきの集中力(まだ完全な静寂さには至っていない)
  2. 修得の禅定:修行によって得られる深い集中力(煩悩から解放された安らかな状態)

5. 慧(え)- 判断し理解する心

  • 物事の是非や善悪を見分け、取捨選択する判断力
  • 「智」「見」「忍」とも呼ばれ、決断力、推理力、予想力を含む。認可の意。

慧の5種類

慧はさらに5種類に分けられます。

  1. 生得智:生まれつきの智慧(善・悪・無記の3種類(三性)がある)。悪い性質を悪見と呼び、善い性質は他の高度な智慧を引き起こす。
  2. 聞慧:他者からの教えによって得られる智慧
  3. 思慧:自己の観察力から生まれる智慧
  4. 修慧:修行によって得られる智慧
  5. 無漏智:煩悩から完全に解放された智慧

聞思修の三慧

仏教では、智慧の習得を「聞慧」「思慧」「修慧」という三方面から説明しています。

聞慧は、必ず他者からの教えや指導を必要とする智慧です。これは独力では得ることができず、学びという形で智慧の基礎を築いていきます。

思慧は、より深い理解を目指す段階です。この段階では、他者からの指導を受けながら理解を深めていく場合もあれば、自分自身の観察力によって智慧を啓発していく場合もあります。これは聞慧よりもさらに深い理解と洞察を伴う段階といえます。

修慧は、瞑想修行(修定)を通じて得られる智慧です。この段階では、真理や仏法を自在に観察することができ、三種の智慧の中で最も深い理解に達した状態を指します。学んだことを実践することで得られる智慧です。

これら三種の智慧には「有漏」と「無漏」という二つの状態があります。有漏の状態とは、まだ煩悩から完全には解放されていない段階を指します。この状態では、人間的な迷いや執着が残っており、修行の途上にあることを示しています。

一方、無漏の状態は、煩悩から完全に解放された理想的な状態です。この状態では、心が清らかで汚れのない純粋な智慧に到達しています。これは仏教修行における最終的な目標の一つといえます。

まとめ

唯識の「別境心所」は、人間の心の働きを深く理解するために重要な教えです。

唯識学では、心の活動を大きく「心王」と「心所」という二つの側面から捉えています。

心王が心の主体的な働きを表すのに対し、心所は心王に伴って生じる様々な心の機能や情動を表現します。

この中で別境心所は、「別境」とは、特定の対象や状況に応じて個別に現れる心の働きを指します。つまり、普遍的に存在するのではありません。

例えば、欲望(欲)や怒り(瞋)、迷い(痴)といった心の動きは、特定の状況や感情が引き金となって生じます。これらは別境心所の典型的な例といえます。一方で、感覚を受け取る働き(受)や、物事を認識する働き(想)、意志的な行為(行)、意識(識)といった心の働きは、あらゆる状況で普遍的に機能する「編境心所」として区別されます。

特定の状況でのみ発生する心の動きを別境心所として認識することで、私たちは自身の心と行動のパターンをより明確に理解でき、心の成長や精神修養において重要な考え方となります。

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