不定心所とは、人間の心の働きの中でも、その性質が固定されず、状況によって変化する心のグループです。
この不定心所は4種類あるとされています。
心所は、かならず心王(八識)に従う心で、心所には、51の心的要素があります。
心所の全体像は、以下の記事にあります。

1.悪作(おさ)
一つ目は悪作(おさ)です。
「作」とは、過去に行った行為を指します。
「悪」はここでは「憎む」という意味合いです。
つまり悪作とは、過去に自分がしてしまった行為に対して、「あの時、あれをしてしまっった…」と後から後悔したり、くよくよと思い悩んだりする心の働きのことです。
詳説
- 「悪」の意味合い: ここでいう「悪」は、道徳的な悪という意味だけではなく、「良くなかった」「失敗だった」「後悔する」といった広い意味合いを含みます。
- 後悔の念: 悪作は、過去の行為に対する後悔や自責の念として現れます。「もっとこうすれば良かった」「なぜあんなことをしてしまったんだ」というように、過去の出来事にとらわれて、心が落ち着かなくなる状態です。
- 日常的な例:
- 試験でケアレスミスをしてしまったことを後悔する
- ついカッとなって人にひどい言葉を言ってしまったことを後悔する
- ダイエット中に甘いものを食べ過ぎてしまったことを後悔する
- 昔の恋人に冷たい態度をとって別れてしまったことを後悔する
このような、過去の行いを振り返って「ああ、しまった!」とクヨクヨしてしまう心の動きが「悪作」です。
現代における活用: 悪作を単なるネガティブな感情として捉えるのではなく、自己成長の機会と捉え、建設的に活かすことが重要です。過去の経験から学び、同じ過ちを繰り返さないように意識することで、より良い未来を築くことができます。
2.睡眠(すいめん)
二つ目は睡眠(すいめん)です。睡眠とは「闇昧(あんまい)」、つまり意識がぼんやりとしてハッキリしない状態のことです。そのため、外界の対象(境)をハッキリと捉える(緣取)ことができなくなります。
この睡眠という心の働きは、第六意識という意識にだけ現れるとされています。
詳説
- 闇昧(あんまい): 「闇昧」とは、暗くてぼんやりしている様子を表す言葉で、ここでは意識が朦朧として、はっきりしない状態を指します。
- 境を緣取ることができない: 「境(きょう)」とは、意識が認識する対象、つまり外界の事物や現象のことです。「緣取(えんしゅ)」とは、対象を捉え、認識する心の働きを言います。睡眠状態では意識がぼんやりしているため、目の前の物事をハッキリと認識することが難しくなります。
- 第六意識のみに相応: 唯識では、人間の意識を八種類に分類します(八識)。そのうちの第六意識は、五感(視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚)を通して入ってくる情報を統合し、分別・判断を行う意識です。睡眠は、この第六意識の働きが鈍くなることで現れると考えられています。
- 日常的な例:
- 寝不足で授業中にうとうとしてしまう
- 朝起きたばかりで、まだ頭がぼーっとしている
- 風邪をひいて熱があり、意識が朦朧としている
このように、眠気や体調不良などで意識がハッキリせず、周りの状況を的確に捉えられなくなる状態が「睡眠」です。ただし、ここでいう「睡眠」は、完全に意識を失った深い眠りではなく、眠気や意識の朦朧とした状態を指すことに注意が必要です。
現代における活用: 睡眠の重要性を再認識し、質の高い睡眠を確保することが重要です。デジタルデトックス、規則正しい生活習慣、リラックスできる寝室環境など、睡眠の質を高める工夫が求められます。また、無理に活動し続けるのではなく、意識的に休息を取り入れることも重要です。
3.尋(じん)
三つ目は尋(じん)です。尋とは、意識が対象(境)に対して、「これは何だろう?」「どういうことだろう?」と探し求め、大まかに、そして強く考察する心の働きです。
詳細解説:
- 尋求(じんぐ): 「尋求」とは、探し求めること、追求することを意味します。ここでは、意識が対象に対して疑問を持ち、その答えを探そうとする心の動きを表しています。
- 強く考察: 「強く考察する」とは、対象に対して大まかに、そして積極的に意識を向けることを意味します。まだ対象について詳しく知らない段階で、まず全体像をざっくりと捉えようとする心の働きです。
- 荒い波のような心の動き: 尋は、意識が対象に最初に触れるときの、粗く、大まかな心の動きと例えられます。例えるなら、水面に石を投げ入れた時に最初に起こる大きな波紋のようなものです。
- 日常的な例:
- 新しい情報に触れた時、「これはどういう意味だろう?」と考える
- 初めて会う人に、「どんな人だろう?」と興味を持つ
- 道を歩いていて、何か変わったものを見つけた時、「あれは何だろう?」と注意を向ける
このように、対象に対して最初に疑問や興味を持ち、大まかに理解しようとする心の動きが「尋」です。
現代における活用: 尋は、新しいアイデアや発想を生み出す上で不可欠な心の働きです。しかし、尋だけで終わらず、次の伺の段階に進み、詳細な検討を加えることで、より質の高い思考と行動に繋げることが重要です。
4.伺(し)
四つ目は伺(し)です。伺とは、意識が対象(境)に対して、「これは本当にそうなのだろうか?」「もっと詳しく知りたい」とさらに詳しく調べ、細かく考察する心の働きです。
詳説
- 伺察(しさつ): 「伺察」とは、詳しく調べること、詳細に観察することを意味します。尋の段階で大まかに捉えた対象について、さらに深く、細部まで理解しようとする心の動きです。
- 細かく考察: 「細かく考察する」とは、対象の細部やニュアンスにまで意識を向け、精密に分析・検討することを意味します。対象についてある程度理解が進んだ段階で、より深く、正確な理解を目指す心の働きです。
- 静かな波のような心の動き: 伺は、尋の後の段階で起こる、より細かく、精密な心の動きと例えられます。例えるなら、大きな波紋の後に、水面に広がる細かなさざ波のようなものです。
- 日常的な例:
- 新しい情報について、さらに詳しく調べてみようと思う
- 初めて会う人の性格や背景について、会話を通して深く理解しようとする
- 道で見つけた変わったものについて、もっと近づいて詳細に観察してみる
このように、対象についてより深く、詳細に理解しようと、注意深く観察・分析する心の動きが「伺」です。
現代における活用: 伺は、情報リテラシーを高め、複雑な問題を解決する上で不可欠な心の働きです。しかし、伺に囚われすぎると、柔軟性を失い、視野が狭くなる可能性があります。尋と伺のバランスを取り、状況に応じて使い分けることが重要です。
不定心所が「不定」である理由
以上の悪作、睡眠、尋、伺の4つの心所は、善性・悪性・無記性の三性いずれの性質にもなりうるため、性質が一定していないという意味で「不定」と名付けられるのです。
詳説
- 三性(さんしょう): 唯識では、心の働きや行為の性質を善性・悪性・無記性の三種類に分類します。
- 善性(ぜんしょう): 道徳的に善い性質、心の成長や 행복 につながる性質。例:親切心、感謝の気持ち、穏やかさ。
- 悪性(あくしょう): 道徳的に悪い性質、心の苦しみや混乱 を引き起こす性質。例:怒り、欲、不安。
- 無記性(むきしょう): 善でも悪でもない性質、道徳的に中立な性質。善悪の判断が伴わない心の働き。例:五感による知覚、睡眠、食事。
- 不定心所の三性: 不定心所は、状況や文脈によって、善性・悪性・無記性のいずれの性質にもなりうるため、「不定」と呼ばれます。
- 悪作: 過去の過ちを反省し、二度と繰り返さないようにと善性の悪作になることもあれば、過去の失敗にとらわれてクヨクヨ悩み続け、心を暗くする悪性の悪作になることもあります。
- 睡眠: 休息のために必要な睡眠は無記性ですが、怠惰によって必要以上に眠り続けるのは悪性、病気による睡眠は苦痛を伴うため悪性、瞑想を深めるための睡眠は善性となる場合もあります。
- 尋・伺: 真理や智慧を探求するための尋・伺は善性ですが、好奇心から他人のプライバシーを探るような尋・伺は悪性、日常的な情報収集のための尋・伺は無記性となることが多いでしょう。
このように、不定心所は、その現れ方や状況によって性質が変化するため、固定的な性質を持たない「不定」の心の働きとされています。