法相宗ではどのようなお経を「了義経」「不了義経」としているのでしょうか。
「了義」とは完全円満真実であるということ。つまり了義経とは真実が説かれたお経という意味です。「不了義」とは、真実ではないということ。つまり不了義経とは未だ真実が説かれていない方便のお経ということです。
法相宗では、釈尊の教え全体を三時期に分け、それぞれの時期における「教えの深さ」や「完全性」を分けて説明しています。
1. 三時教の考え方
「三時教」とは、釈尊の教えは異なる三つの時期に分けられるとする考え方です。
これらの時期は、以下のように区別されます。
- 第一時期: 釈迦は「有」(存在)について説いており、すなわち「実体のあるものが存在する」と見なしているような教えを説いています。
しかし、この時期の教えは「空」(非存在)の教えを隠しているため、隠密経ともいい、「不了義」とされ、教義は完全ではないとされます。つまり有上(相対)有容(不完全)教えで、相対的な理解を超えないものです。 - 第二時期: ここでは第一時期と反対に、空(非存在)について説いており、すべては無常で無実のものとして認識されます。存在(有)の教えが隠されています。そのためこの教えも隠密経といい、「不了義」とされ、教義はやはり完全ではないとされます。こちらも相対的な理解にとどまる教えです。
- 第三時期: この時期においては、釈迦は「中道」と呼ばれる教えを説いています。これは、存在も非存在も超えた、絶対的真理を明らかにする教えです。
第三時期の教えは「了義」とされ、完全な教義であるとされます。
解深密經には、これを「今世尊の轉ずる法輪は、無上(絕對)なり無容(完全)なり。是眞の了義なり」と說いています。
では、どうしてこのような時期があるのでしょうか?
2. 頓機と漸機
衆生(すべての人)は、それぞれ教えを聞き修行できるだけの素質や能力が異なっています。
これを機根が違うといいます。
機根は、頓機(救われるのが早い人)漸機(救われるまでに時間がかかる人)の2つ分けられます。
機根の特徴は、次のとおりです。
- 頓機: これらの人々は直接大乗仏教の教えに入ることができる(直往大乘の人)
- 漸機: これらの人々は小乘仏教の段階を経てから大乗仏教に進む(漸入大乘の人)
「頓機」の人々にとっては、すべての教えが正しく理解されるため、この区別は必要ありません。つまり阿含経の教えを聞いても、表面にでてこない中道の教えを理解できます。
つまり三時教は、主に救いまで時間のかかる「漸機」の人々のための教えであり、人々の機根に合わせて、段階的に真理に近づけるための教え方です。
この機根に関係して、三時教において経典は、教えられた時期ではなく、教えの内容によって、3つの時期に分けられているのです。
3. 経典との関連
三時教は説かれた時期だけではなく、経典の内容によっても分類されます。
つまり年月の次第を以てする年月の三時と、教えの内容や性質が似ているものを同じグループにまとめて分類する義類相従の三時があります。
例えば「華厳経」は説かれた時期は早いですが、その内容から第三時に、そして「遺教経」は説かれた時期は遅いですが、内容をもとに第一時に分類されるとされたりします。
法相宗では、年月三時を主としますが、そのでも自ら義類従の三時も兼ねて判断されています。
まとめ
この「三時教」の考え方は、釈尊が異なる時間に様々な深さの教えを開示し、それによって衆生の異なる理解能力に応じて、教えを与えている(対機説法)という考えに基づいています。
これにより、バラバラに教えを説かれたということにならず、一貫性のある教義となり、衆生が最終的には完全円満の真理の世界、つまり中道へと教え導こうとしているのです。